§ 01

これは身体だけの問題ではありません

心の歩み

心の歩み

概要のイラスト

慢性の痛みは、「できること」だけを変えるわけではありません。「自分はどんな人間か」という感覚にも、少しずつ影響していきます。週末に出かけて、子どもと床に座って遊び、時計を気にせず働き、夜中に痛みで目を覚まさずに眠れていた頃の自分。その頃の自分が、まるで他人のように感じられることもあるかもしれません。あの暮らしを失ったということは、確かに大きな喪失で、軽く扱われるべきものではありません。

悲嘆——大切なものを失ったときの心の反応——は、人間としてごく自然な反応の一つと考えられています。「悲嘆は死別のときのもの」と感じる方もいらっしゃいますが、慢性の痛みがもたらす喪失も、決して小さなものではありません。動ける範囲、自由なふるまい、仕事の見通し、社会の中での役割、親しい人との時間、思い描いていた将来——こうしたものが目に見えにくいかたちで積み重なって失われ、その重みは想像以上のものになります。

悲しむことは弱さではなく、大げさなことでもありません。心の歩みを知ることは、自分のいまの場所を知り、次の一歩を見つけるための一助になります。

悲しむことは、弱さの証ではありません。大げさでもありません。喪失を認めることは「痛みに負ける」ことではありません。慢性の痛みをめぐる心の歩みを知ることは、ご自身を責めるためではなく、いま立っている場所を確かめ、ご自身の体験を正当に認め、沈黙の中で耐え続ける以外の道を見つけていくためです。

§ 02

慢性の痛みに合わせて読み解く5つの感情パターン

もともとはエリザベス・キューブラー=ロスが終末期医療の文脈で提唱したモデルですが、その後、慢性の痛みのある方の感情の動きを理解するための「枠組み」として、心理職の臨床現場でも参照されてきました。これは「全員が必ずこの順番で通る道」ではなく、「混乱して見える感情に、あえて言葉をつけてみるための地図」と考えてください。「自分は今こういう状態かもしれない」と気づくこと自体が、次の一歩を選ぶ助けになることがあります。

否認

「自分にこんなことが起こるはずがない」

否認は、受け止めきれない事実から心を一時的に遠ざけるための、自然な防衛反応の一つと考えられています。慢性の痛みが暮らしに入り込んできたばかりの頃、「これがずっと続くのかもしれない」という見通しを、心はすぐには受け入れにくいものです。痛みが強くても予定はそのままにしておきたい、周囲には「一時的なものだから」と伝えたい——そう感じる方は少なくありません。複数の医療機関を回ることもあるかもしれませんが、診断そのものよりも「大したことはありません」という言葉を求めている、ということもあります。「ちょっと寝違えただけです」「疲れがたまっているだけでしょう」「少し休めば治るはずです」。否認は意地でも怠けでもなく、衝撃の大きい情報を、心が処理できる速度で取り込んでいくための仕組みだと考えられています。

心の内側で起きていること

  • 自分にも周囲にも症状を控えめに伝え、そのうち自然と落ち着くはずだと言い聞かせている
  • 休めば「負け」を認めることになる気がして、痛みを悪化させるとわかっている活動を続けてしまう
  • 生活を変えること自体が「本当に何かがあるのだ」と認める行為に思え、見直しに踏み切れない
  • 心配の声に対して、つい苛立ちや拒絶感がわいてしまう
  • すべてが「以前の普通」に戻る、ひとつの単純な原因を探し続けている

この時期によく見られる行動

  • 「異常はない」と言ってもらえることを期待して、いくつもの医療機関を受診する
  • 痛みが増しても仕事・運動・家事を頑張り続ける
  • 杖・サポーター・お薬・職場での配慮といった助けを受け入れたくないと感じる
  • 「少し楽になってきたから」と通院を先送りにする
  • ご家族や同僚、友人に対して痛みの実態を控えめに伝え続ける

知っておいていただきたいこと — 時期 1

否認には、最初の衝撃から心を守るという役割があります。一方で、否認の状態が長く続くと、本来受け取れるはずの治療やサポートにつながりにくくなることがあります。痛みを認めない姿勢のままでは、痛みを和らげる手段にも届きにくくなるためです。否認から少しずつ抜け出すきっかけは、「自分への言い聞かせ」と「身体が伝えてくる事実」のずれが、無視できないほど大きくなった瞬間に訪れることが多いと言われています。新しい状況を受け止めるまでに時間がかかっても、それは恥ずべきことではありません。大切なのは、自分を守るための否認が、いつのまにか必要な助けを遠ざける回避になっていないか、立ち止まって気づくことです。

怒り

「どうしてこんな目に遭わなければならないのか」

否認だけでは支えきれなくなったとき、怒りが心の前面に出てくることがあります。裏切ったように感じる自分の身体への怒り。原因を突き止められない、あるいは話を信じてくれないと感じる医療への怒り。「ヨガは試してみた?」と軽く言ってくる相手への怒り。「なぜ自分なのか」という、答えのない問いへの怒り。誰かが当たり前のように子どもを抱き上げ、走り、朝までぐっすり眠る姿を見ると、その不公平感が胸を焼くように感じられることもあるかもしれません。怒りは確かに扱いにくい感情ですが、現実から目を背けるのをやめ、起きていることに正面から向き合い始めた合図でもあると考えられています。「大丈夫なふり」をやめ、何かを失ったという事実とその痛みを、自分の中で認め始めている時期です。

心の内側で起きていること

  • 健康や自由に動ける身体を当然と感じている人たちに対する、強い憤り
  • 原因をはっきりさせられない医療体制への深い苛立ち
  • 助けようとしてくれているご家族にさえ、つい強い言葉が出てしまう
  • 慢性の痛みを「自分の責任」のように感じ、自分を責めてしまう
  • 思い描いていた将来と、いまの暮らしとの差に、強い苦しさを感じる

この時期によく見られる行動

  • 本当の苦しさが大きすぎて、些細なことで身近な人に強く当たってしまう
  • 期待した効果が得られなかった医師や治療に対して、強い言葉を向ける
  • 「平気なふり」を続ける気力が尽き、人付き合いから距離を置く
  • セルフケアをやめる、無理を重ねる、お薬の飲み忘れが増えるなど、自分を消耗させる行動が出てくる
  • 「あの医師の見落としのせい」「あの事故さえなければ」など、原因を一点に求めてしまう

知っておいていただきたいこと — 時期 2

怒りは、性格の問題ではありません。自分でコントロールできない出来事に人生が大きく揺さぶられたときの、ごく自然な反応のひとつです。問題なのは、怒りを感じること自体ではなく、怒りがずっと中心に居座り続ける状態かもしれません。出口のない怒りは、人間関係を疲弊させ、筋緊張を高め、痛みへの過敏さに影響することがあると言われています。怒りをなくすことを目指す必要はありません。怒りに「行き先」を与えることが助けになるかもしれません。怒りは、自分のために声を上げる燃料にも、治療を続ける推進力にも、解決策を探す力にもなり得ます。「怒りを感じてはいけない」のではなく、「その怒りをどのように使っていくか」という視点が、ここからの道のりを支えてくれます。

取引

「もっと頑張れば、きっと…」

取引と呼ばれる時期には、自分の痛みの「専属マネージャー」のように振る舞ってしまうことがあります。情報をひたすら集め、サプリメントや食事法、健康器具を次々と試します。決して安くない治療に、「次こそは」と希望をかけることもあるかもしれません。自分や運命と暗黙の取引をすることもあります。「この結婚式さえ乗り切れれば…」「30日間、食事を完璧に整えれば…」「すべての運動を正しい順番でこなせば…」。取引の背景には、「正しい行動の組み合わせを見つけられれば、以前の暮らしに戻れるはずだ」という強い願いがあります。完璧な姿勢、完璧な食事、完璧な睡眠習慣を保とうとして緊張が続き、それでも痛みが残ったときに、自分を強く責めてしまうのも、この時期に多く見られる特徴です。

心の内側で起きていること

  • 考え得るあらゆる原因・治療・解決策について、休まず調べ続けてしまう
  • 「この一点さえ完璧にすれば…」という条件付きの誓いを、自分との間で繰り返している
  • 自分で課したルールから外れた直後に痛みが強くなると、強い罪悪感に襲われる
  • ある特定の治療法・施術者・生活習慣に、過度な期待を抱いてしまう
  • 「治せるはず」と信じ続ける努力に、心身ともに疲れ切っている

この時期によく見られる行動

  • サプリメント・補完療法・健康器具に、相当な金額を費やしてしまう
  • 「炎症の引き金」を突き止めようと、食事制限がどんどん厳しくなる
  • 食事・運動・睡眠について、過度な健康志向(オルトレキシア様の状態)に近づく
  • 痛みの記録を細かくつけすぎ、あらゆる変数を強迫的に追跡する
  • 十分な期間を置かずに、施術者や治療プランを次々と切り替えてしまう

知っておいていただきたいこと — 時期 3

取引の中には、大切な芽——主体性と「受け身でいたくない」という気持ち——が含まれています。一方で、この時期の取引はしばしば「コントロールできないものをコントロールしようとしている」状態に近づきがちです。「完璧にやれば必ず良くなるはずだ」と信じていると、痛みが再燃するたびに「自分の落ち度」だと感じてしまいます。この時期から少しずつ抜け出していく転機は、建設的なセルフケア(エビデンスに基づく治療、ペース配分、無理のない生活の工夫)と、「すべてをコントロールできる」という幻想とを、丁寧に切り分けられるようになったときに訪れることが多いようです。慢性の痛みは、上手につき合っていくことが可能です。一方で、努力の力だけで完全に消し去ることは、必ずしもできるとは限りません。

抑うつ的な気分

「もう、何のためにやっているのだろう」

否認・怒り・取引のいずれもが以前の暮らしを取り戻してくれなかったとき、抑うつ的な気分が訪れることがあります。これは「弱さ」や「あきらめ」のしるしではありません。長く続く喪失に対して、心が示す自然な反応のひとつだと考えられています。動ける範囲、社会的な役割、仕事の見通し、思い立ったときに動ける気軽さ、ぐっすり眠れる時間、親しい人との触れ合い、そして時には「自分らしさ」の感覚——こうしたものが少しずつ削られていく重みは、想像以上に大きなものです。慢性の痛みにおける抑うつ的な気分は、現実とぶつかり合うことをいったん休め、変わってしまったものの重さを静かに引き受けはじめる時期、と表現されることもあります。世界が灰色に見えたり、以前は楽しかったことが意味のないものに感じられたりすることもあるでしょう。説明するのもしんどくて人と会うのを避けたり、元気な人といることがかえってつらく感じたりすることもあります。「外からは元気そう」「内側では崩れている」——目に見えにくい不調の孤独は、想像以上に重く感じられることがあります。

心の内側で起きていること

  • 「もうこれ以上良くならないのではないか」「何をしても無駄なのではないか」という感覚
  • 自分を支えてきた趣味・人間関係・目標への関心が薄れていく
  • 「自分は壊れてしまった」「周囲にとってお荷物ではないか」という思い
  • 大切に思ってくれる人に囲まれていても、深い孤独感が消えない
  • 「自分には何か意味のあることができるのだろうか」という不安

この時期によく見られる行動

  • 人付き合いを断り、外出を控え、家にこもる時間が増える
  • 入浴・食事・軽い運動・服薬といった基本的なセルフケアまで手が回らなくなる
  • 眠りすぎる日もあれば、考え事が止まらず眠れない夜が続く日もある
  • 「どうせ変わらない」と感じて、治療プランを途中で手放してしまう
  • どなたにも「大丈夫です」と答えながら、内側ではそう思えていない

知っておいていただきたいこと — 時期 4

悲嘆に伴う悲しみと、医学的なうつ病とは、似ているようで質が異なります。この違いを知っておくことは、必要なときに必要な助けにつながるためにとても大切です。悲嘆の悲しみは、実際の喪失に対する自然な反応で、波のように押し寄せ、波と波の合間にはふと安らげる瞬間や、人とのつながりを感じられる瞬間が残っていることが多いとされています。一方、医学的なうつ病は、感情全体を平坦にしたり、睡眠や食欲を大きく乱したり、希死念慮を伴うこともある、より持続的な状態と考えられています。慢性の痛みのある方では、両方が同時に存在することも珍しくありません。光の差さない闇に閉じ込められたような感覚が続く場合、自分を傷つけたい・消えてしまいたいという考えが浮かぶ場合、入浴や食事といった基本的な生活が成り立たなくなっている場合は、どうかご自身を責めずに、心療内科や精神科などの専門家にご相談ください。それは弱さの表れではなく、お身体の痛みと同じように、心にも適切な助けが必要なタイミングだということです。

受容

「痛みは私の人生の一部。でも、すべてではない」

受容は、慢性の痛みをめぐる感情の道のりの中で、もっとも誤解されやすい時期かもしれません。受容は、あきらめでもなければ、降伏でもありません。「痛くても平気」と無理に思い込むことでもありません。むしろ、現実と争うことに使っていたエネルギーを、現実とともに歩く工夫へと向け直しはじめる時期、と言えるかもしれません。「どうして自分が」という問いを少しわきに置き、「これからどうしていこうか」を考え始めます。慢性の痛みが暮らしの一部であることは認めつつも、それが暮らしの「すべて」になることは許しません。絶望からではなく、知識と落ち着きをもって治療に取り組みます。痛みの管理を、「自分らしさ」を構成する数ある要素のひとつ——中心ではなく、ひとつの構成要素——として位置づけ直していくのです。受容は、劇的な転換というよりも、静かな移り変わりとして訪れることが多いようです。ある日ふと、「痛みがどうなるか」を先回りして心配せずに、週末の予定を立てている自分に気づく——そんな瞬間がやってきます。降参したのではなく、適応してきたのです。受容は、すべての方に同じように訪れるとは限りません。人によってかたちも時期も大きく異なります。

心の内側で起きていること

  • 痛みがあっても、人生に意味と価値があるという感覚が少しずつ戻ってくる
  • 身体の現実的な見通しを持ちながら、予定や目標を立てられる
  • 恥ずかしさなく助けを求め、罪悪感なく自分の限界を伝えられる
  • 「つらい日は来るし、過ぎていく」という感覚を持てる
  • 身体との関係が静かなものに変わる——愛とは言えなくても、闘いではなくなっていく

この時期によく見られる行動

  • 活動のペース配分を意識し、頑張りすぎと寝込みの繰り返しを減らしていく
  • 信頼できる治療チーム(医師・理学療法士・心理職など)と協力関係を築き、続けている
  • ご家族や周囲の人に、自分の状態と必要なことを率直に伝えられる
  • 今の身体に合う新しい目標や趣味を見つけたり、以前の趣味のかたちを工夫したりしている
  • 同じような道を歩み始めたばかりの方に、自分の経験を分かち合っている

知っておいていただきたいこと — 時期 5

受容は、一度たどり着いたら離れない「終着点」ではありません。日々の小さな実践のようなものです。怒りや取引、抑うつ的な気分の時期に戻る日があっても、それは自然なことです。受容にいる方が「治療を頑張らなくなる」わけでもありません。むしろ、絶望に駆り立てられないからこそ、エビデンスに基づく計画を淡々と続けられる、ということもあります。受容とはつまり、「慢性の痛みは私の物語の一部」という事実と折り合いをつけながら、「物語のすべてになることは許さない」と決めていくことかもしれません。

ここで紹介しているのは、キューブラー=ロスのモデルを慢性疼痛の文脈に当てはめた一つの考え方であり、医学的な診断ツールではありません。個人差が大きく、「正しい順序」や「正しい時間軸」は存在しません。

§ 03

いま、自分はどのあたりにいるでしょうか

私はどこにいるのか

私はどこにいるのか

感情パターンの図

以下の文章をゆっくり読みながら、いまのご自身に響くものに気づいてみてください。複数の時期にまたがって共感する文があっても、それはごく自然なことです。これは診断のためのものではなく、いま経験していることに「言葉」をつけるための鏡です。気持ちに言葉をつけることが、整理の第一歩になることがあります。

時期 1

否認

  • 日常生活が苦しくなっているのに、周囲には「たいしたことありません」と言い続けている
  • 自分にも他人にも、「慢性」という言葉を使うのを避けている
  • 頑張り続ければ、いつか身体は元通りになると感じている
  • 悪い結果を聞きたくなくて、受診を先送りにしている
  • 「長期的に生活を見直す必要がある」と言われると、つい身構えてしまう
時期 2

怒り

  • 他の方が当たり前のようにこなしていることに、できない自分との差を感じてつらくなる
  • パートナーやご家族につい強く当たってしまい、後で罪悪感を抱く
  • 原因も解決策も示してくれないと感じる医療体制に、強い苛立ちがある
  • 自分の身体に裏切られたように感じ、ときに身体を恨んでしまう
  • 「不公平だ」という思いが一日に何度もよぎり、頭を占めることがある
時期 3

取引

  • 「答え」を求めて、いくつもの治療や施術者に少なからぬ金額を使ってきた
  • 痛みが強くなった日に、「自分が何か間違ったからだ」と責めてしまう
  • 食事・姿勢・活動について非常に厳しいルールを自分に課し、少し外れると不安になる
  • 新しい治療を見つけるたびに期待が高まり、効果がはっきり出ないと深く落ち込む
  • 「このイベントさえ乗り切れたら、丸一週間休もう」と、自分との取引を繰り返している
時期 4

抑うつ的な気分

  • 以前は楽しめていたことが、意味のないこと、難しすぎることに感じられてやめてしまった
  • 周囲にとってお荷物だと感じ、助けを求めるのをためらってしまう
  • 一人で過ごす時間が増え、友人や集まりから自然と距離が空いてしまった
  • 「もう良くなることはない」「ずっとこのままだ」という考えが頭を離れない
  • 朝、ベッドから起き上がるだけで、とても大きな出来事のように感じられる日がある
時期 5

受容

  • その日の体調次第で予定を調整できると分かったうえで、計画を立てられる
  • いまの身体に合う、以前とは違う楽しみ方を見つけはじめている
  • 恥ずかしさや怒り、元気な演技を必要とせずに、痛みについて話せる
  • 治療には引き続き取り組んでいるが、「治してほしい」という焦りからではなく、自分を大切にする気持ちから
  • つらい日は来ると分かっており、悪循環に陥らずに乗り切る方法をいくつか持っている
§ 04

それぞれの時期に役立ちやすい工夫

各時期に役立つ工夫

各時期に役立つ工夫

まとめ図

すべての時期にあてはまる万能の方法はありません。否認の中にいる方に役立つことと、抑うつ的な気分の中にいる方に役立つことは、しばしば異なります。「いま自分はどこにいるか」を出発点にして、いまの自分に合うものを選んでいくこと——それが、無理のない対処の土台になります。

時期 1

否認

  • 信頼できる情報源から、押しつけのない穏やかな形で病態を学んでみる
  • 簡単な症状日記をつけ、痛みのパターンに少しずつ気づいていく
  • 慢性疼痛を扱い慣れた医療機関(ペインクリニック等)で、総合的な評価をご相談ください
  • 信頼できる方に一人だけ、「実はこのくらいつらいです」と正直に話してみる
時期 2

怒り

  • 無理のない範囲の身体活動——散歩、水中ウォーキング、軽い体操——を、感情を流す手段として取り入れる
  • 怒りや苛立ち、悔しさを、誰にも見せない前提で書き出してみる(ジャーナリング)
  • 同じ経験をしている方の集まり——患者会や慢性疼痛のサポートグループ——を探してみる
  • 慢性疾患への適応支援を行う心理職(公認心理師・臨床心理士)にご相談ください
時期 3

取引

  • 信頼できる医療者と一緒に、エビデンスに基づいた治療計画を作る
  • 新しい試みに使う費用と気力に、あらかじめ自分なりの上限を決めておく
  • 痛みが強い日があっても、ご自身を責めない——痛みの波は落ち度ではありません
  • 「建設的なセルフケア」と「強迫的なコントロール」の違いを、少しずつ見分けられるようにしていく
時期 4

抑うつ的な気分

  • 心療内科・精神科の専門家にご相談ください——それは弱さではなく、自分を守る行動です
  • サポートグループやオンラインコミュニティで、同じ痛みを抱える方とつながってみる
  • 気力がない日でも、ごく小さな自分への優しさ(温かい飲み物、シャワーだけ、深呼吸)を一つだけ続ける
  • 睡眠リズム、軽い運動、食事といった基本の生活リズムをできる範囲で守る
時期 5

受容

  • 痛みの波を織り込んで、現実的で意味のある目標を立てる
  • 頑張りすぎと寝込みの繰り返しを避けるための、活動のペース配分を身につけていく
  • 心から満たされる活動・趣味・人間関係に時間を使う
  • 同じ道を歩み始めた方に、ご自身の経験を分かち合う
§ 05

同じ道を歩んできた方からの言葉

専門家の言葉ではなく、同じ道を歩んできた方の言葉が、いちばん深く届くことがあります。以下は慢性疼痛のコミュニティから集められた声をもとにしたメッセージです——いまあなたが立っている場所に、かつて立っていた方々の言葉です。

"対処法が分かると、痛みの強い日が少し怖くなくなりました"

「次にこうしよう」という計画があるだけで、世界の見え方が変わりました。痛みそのものが消えたわけではないのですが、何が起きているか分からない恐怖は、確かに小さくなりました。

"話を信じてくれる医師に出会えたことが、すべての始まりでした"

長い間「気のせい」「大げさ」と言われ続けてきましたが、最後まで話を聞いてくれる先生に出会えたことが、ようやく次の一歩を踏み出すきっかけになりました。

"新しい暮らしを作るために、まず以前の自分を悼む時間が必要でした"

痛みのなかった頃に無理やり戻ろうとし続けていました。その努力をいったん止めて、「あの頃の自分」を悼むことを自分に許したとき、はじめて新しい何かを作る余白が生まれました。

"受容はあきらめではなく、向き合い方を整えることでした"

以前は手当たり次第に試していましたが、いまはエビデンスに基づく計画を立てて、効果を記録しながら少しずつ調整しています。取引の時期よりも、はるかに自分の手綱を握れている感覚があります。

"つらい日は来ますが、もう一週間を支配されることはありません"

以前は痛みのひどい一日が、その週まるごとを暗くしていました。いまは「ちょっと調子が悪い日」として捉えられるようになり、休んで、道具を使って、明日に持ち越せるようになりました。

"同じ経験をした方とつながれたことが、転機になりました"

同じ慢性の痛みを抱える方の集まりに出会うまで、本当に孤独でした。誰も「治してあげる」とは言いませんでした。ただ「分かるよ」と言ってくれた——その実感が、元気なふりをやめてもいいという許可になりました。
§ 06

専門家のサポートを検討したいタイミング

悲嘆は、慢性の痛みとともに生きる中で、ごく自然に経験することの一つです。一方で、波のように来ては去る悲しみと、長く続いて生活を覆ってしまう医学的なうつ病とは、必要なケアが異なります。「自分はもしかして、その線を越えているかもしれない」と気づけることは、ご自身を守るうえでとても大切な視点です。

いまこの瞬間、危機を感じている方へ

死にたい気持ちが強い場合や、差し迫った危険を感じている場合は、どうか一人で抱え込まず、以下の窓口にご連絡ください。

いのちの電話(一般社団法人 日本いのちの電話連盟)

お電話 0570-783-556 — 毎日 16:00〜21:00、毎月10日は 8:00〜翌8:00(24時間)

よりそいホットライン

24時間対応・通話無料 0120-279-338

心の健康相談統一ダイヤル(全国共通)

お電話 0570-064-556 — 各都道府県・政令指定都市の公的相談窓口につながります

すべての心理職・セラピストが慢性の痛みに精通しているわけではありません。疼痛心理学・慢性疾患への適応支援・身体志向のアプローチなどに経験のある専門家を選ばれることで、サポートの質は大きく変わります。

ペイン領域に詳しい心理職(公認心理師・臨床心理士)

慢性の痛みに伴う感情面・認知面の課題を扱う心理職です。「痛みは身体だけの問題ではない」という前提に立ち、エビデンスに基づく対処法の構築、破局的思考への向き合い方、生活の質の立て直しをサポートします。「痛みは気のせいだ」と言われる場ではありません。お身体の症状の感情的・神経学的な側面を、丁寧に扱う場と考えてください。

認知行動療法(CBT)を行うセラピスト

認知行動療法(CBT)は、慢性の痛みのある方の生活の質を改善するうえで、エビデンスがもっともよく蓄積されている心理療法のひとつとされています。苦しさを増幅させる思考のクセ——破局的思考、ゼロか100か思考、絶望感——に気づき、整え直す手がかりを得られます。CBTは「痛みを消す」と約束する治療ではなく、痛みに伴う苦しさを和らげ、痛みがあっても大切なことに取り組めるよう支える、というスタンスのアプローチです。

アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)を行うセラピスト

ACTは、ストレスの原因そのものを取り除けない状況にも適用できるよう作られた心理療法です。つらい思考や感情を抱えながらも、自分にとって大切な方向に動き続けられる「心理的柔軟性」を育てていきます。痛みと闘うのではなく、痛みを抱えたまま、大切な人や活動に近づいていくための具体的な手立てを学ぶ場と捉えてください。

同じ経験を持つ方のサポートグループ

慢性の痛みを抱える方が集まるグループでは、個別のセラピーでは得にくい体験——「本当に分かってもらえた」という感覚——が生まれることがあります。孤立感をやわらげ、悲嘆のプロセスをごく自然なものとして共有でき、同じ道を歩んだ方ならではの実用的な工夫にも触れられます。総合病院のペインクリニック、患者支援団体、各地の慢性疼痛コミュニティが、対面・オンラインで場を提供しています。
§ 07

次の一歩のために

慢性の痛みからの回復は、身体だけの話ではありません。感情・認知・人間関係といった多面的な側面に取り組むためのリソースを、よろしければご活用ください。

ストレスと痛みのつながり

  • 慢性的なストレスが痛みの感じ方にどう影響し得るのか、自律神経の整え方を通じて悪循環をやわらげる工夫をご紹介します。

マインドフルネスと瞑想

  • 痛みの感じ方や情緒的な苦しさをやわらげる助けとなる、エビデンスに基づくマインドフルネスの実践を解説します。

認知行動療法(CBT)の実践

  • 破局的思考、運動恐怖、否定的な思考パターンに向き合うための、認知行動的アプローチの基本をまとめています。

ご家族・支える方へのガイド

  • 慢性の痛みを抱える大切な方を支えるすべての方へ——ご自身が燃え尽きずに寄り添い続けるためのヒントをまとめました。
次の一歩のために
  1. あなたの歩みには意味があります。あなたの痛みは本物です。そして、あなたは一人ではありません。

    いまこのサイクルのどこにいらっしゃっても——否認の中、激しい怒りのただ中、取引のさなか、抑うつ的な気分の底、あるいは受容という静かな実践のなかにあっても——あなたは思いやりを受け取るに値する方です。周囲の方からも、そして何より、あなた自身からも。