§ 01

リドカイン持続静注療法とは

リドカイン静注療法

リドカイン静注療法

概要図

リドカイン持続静注療法は、局所麻酔薬として広く使われているリドカインを点滴で全身に投与する治療です。慢性筋筋膜性疼痛症候群(MPS)への使用は、日本では適応外使用にあたり、ペインクリニックなどの専門施設で、難治例に対して自費診療として行われることが多いものです。

理解しておきたい大切な点として、本療法は「リドカインの貼付剤」や「リドカインの局所注射」とは目的も到達範囲も異なります。外用や局所注射は皮膚や筋肉のごく狭い範囲に作用しますが、点滴で投与されたリドカインは血液脳関門を通過しうるため、脊髄や脳の痛み処理に対して影響を及ぼす可能性があると考えられています。広い範囲の痛みや、いわゆる中枢性感作と呼ばれる現象に対しては、局所治療では届かない部分への一つのアプローチとして検討されています。

「広い範囲の痛みに対する難治例の選択肢の一つ」と位置づけ、第一選択ではなく専門医のもとで慎重に検討する治療です。

慢性疼痛に対するリドカイン静注は1960年代から研究が始まり、神経障害性疼痛、術後痛、炎症性疼痛などで報告が蓄積されてきました。慢性筋筋膜性疼痛症候群への応用はそれよりも新しく、研究と臨床が並行して進んでいる段階です。患者さんに同じように効くわけではなく、効果が乏しいと判断された場合は早めに見直すことも大切です。

§ 02

提唱されている作用機序

リドカイン静注の作用は単一の経路では説明できず、ナトリウムチャネルへの作用、中枢性感作と呼ばれる現象への影響、抗炎症作用、NMDA受容体への作用などが重なって関与すると考えられています。ただし「これだけで痛みの仕組みがすべて説明できる」というわけではなく、現時点での仮説を含む議論として理解してください。

全身性のナトリウムチャネル遮断(提唱されている機序)

リドカインは局所麻酔薬として、神経の電位依存性ナトリウムチャネル(Nav1.7、Nav1.8など)に作用することが知られています。低い血中濃度で全身投与した場合、慢性疼痛で活動が亢進している末梢の侵害受容器や脊髄後角ニューロンの異常放電を抑える方向に働く可能性があると考えられています。ただし臨床効果との関係は研究段階の側面もあり、すべての患者さんに同じように働くとは限りません。

中枢性感作と呼ばれる現象への影響(仮説)

長く続く痛みでは、脊髄や脳が痛みの信号を増幅しやすくなる「中枢性感作」と呼ばれる現象が関与すると考えられています。点滴で投与されたリドカインは血液脳関門を通過しうるため、こうした中枢の処理にも影響を及ぼす可能性が議論されています。外用や局所注射では到達しにくい部分にアプローチできる点が、本療法を検討する根拠の一つです。

抗炎症作用(前臨床・限定的な臨床データ)

リドカイン静注は、TNF-αやIL-6といった炎症性サイトカイン、好中球の機能、活性酸素種などに影響しうることが、主に前臨床研究や限られた臨床研究で報告されています。慢性のトリガーポイント周囲で持続する低レベルの神経炎症を和らげる可能性があるとされていますが、患者さんごとの体感としての効果には個人差が大きく、一概には言えません。

NMDA受容体への作用(提唱されている機序)

リドカインはNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体に対しても弱い拮抗作用を持つことが報告されており、脊髄後角でのワインドアップ現象や中枢性感作に間接的に関わる可能性が指摘されています。ナトリウムチャネル以外にも複数の経路に同時に作用しうる点が、本療法が「単なる局所麻酔」とは異なる位置づけで議論される理由の一つとされています。
提唱されている作用機序の整理
ナトリウムチャネルへの作用

末梢から中枢にかけてのナトリウムチャネルに作用し、慢性疼痛で亢進した異常放電を和らげる方向に働く可能性があると考えられています。

中枢性感作と呼ばれる現象への影響

血液脳関門を通過しうるため、痛みを増幅させている脊髄や脳の処理に対しても影響を及ぼす可能性が議論されています。

抗炎症作用

前臨床研究を中心に、慢性のトリガーポイント周囲で持続する低レベルの神経炎症を和らげうる可能性が報告されています。

NMDA受容体への作用

ワインドアップ現象や中枢性感作に関わるNMDA受容体への弱い拮抗作用も、複合的な鎮痛効果に関与する可能性があります。

§ 03

点滴の進め方の枠組み

投与の枠組み

専門医による個別調整具体的な投与速度や1回あたりの総量、希釈方法は、患者さんの体重、肝機能、心電図所見、併用薬を踏まえてペインクリニックなどの専門医が個別に決めます。ここでは患者さん向けの一般的な解説のみとし、具体的な数値はあえて記載していません。実施を検討される場合は担当医にご相談ください。

点滴時間の目安

数十分〜数時間1回の点滴は、施設のプロトコルや患者さんの忍容性に応じて短時間で終わるものから、数時間かけて行うものまでさまざまです。初回は短めに行い、安全性を確認したうえで段階的に調整していくのが一般的です。

通院回数の目安

複数回のコース一般的には、週1回〜隔週で複数回のコース治療として行われ、その後の追加投与の必要性は経過をみながら判断されます。何回で効果を実感できるかには個人差が大きく、十分な反応が得られない場合は中止を検討します。

モニタリング体制

心電図・血圧・SpO₂の持続監視点滴中および点滴終了後しばらくの間、心電図モニター、血圧、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO₂)を持続的に監視します。万が一の局所麻酔薬中毒(LAST:Local Anesthetic Systemic Toxicity)に備え、脂肪乳剤(イントラリポス®など)と救急蘇生器材をすぐ使える体制が整った施設で行われます。

実施場所

専門外来または入院での実施モニタリング下での投与が必須となるため、ペインクリニックの専門外来、麻酔科外来、または入院で行われます。一般的なクリニックや在宅では実施しません。担当医はACLS(二次救命処置)やLAST対応に精通している必要があります。点滴後しばらくは安静が望ましく、当日は自分で車を運転して帰ることは避けてください。

投与前の検査

12誘導心電図・肝機能・服薬確認事前に12誘導心電図で房室ブロックやQT延長などの異常がないかを確認し、肝機能検査も行います。リドカインは主に肝臓で代謝されるためです。常用薬や市販薬・サプリメントの内容も確認し、リドカインの血中濃度を上げうる薬や心臓に影響する薬がないかをチェックします。
§ 04

臨床エビデンス

中等度のエビデンス(個人差大)慢性の神経障害性疼痛および中枢化したMPS

系統的レビュー(慢性疼痛全般)

慢性疼痛に対する全身投与型の局所麻酔薬類を扱った系統的レビューでは、プラセボに比べて控えめで持続が短いことが多い疼痛軽減が記述されています。組み入れ試験は不均一で総じて小規模であるため、レビューでは一貫してより大規模で質の高いランダム化比較試験が必要だと指摘されています。

神経障害性疼痛に対する系統的レビュー

神経障害性疼痛では、術後痛や糖尿病性神経障害を中心に、リドカイン静注が短期から中期にかけて痛みを和らげうることが複数の系統的レビューで示唆されています。線維筋痛症や中枢性感作が前面に出る慢性疼痛での知見は徐々に蓄積されている段階です。

広範囲・中枢性増幅型の疼痛を対象とした試験

広範囲もしくは中枢性に増幅された疼痛像を対象とした小規模な試験や症例集積では、反応する一部の患者さんで短期的な疼痛軽減が得られると報告されています。ただし、平均的な疼痛軽減率は研究によって大きく異なり、信頼できる単一の数値として提示すべきものではない点に注意が必要です。

線維筋痛症と中枢性感作に関する研究

MPSと一部病態を共有する線維筋痛症の研究からは、中枢性感作が強い患者さんほどリドカイン静注に反応しやすい可能性が示唆されています。「ナトリウムチャネルを介した中枢性疼痛増幅にアプローチする」という機序仮説を支持する所見の一つとされています。

比較研究および機序研究

直接比較や機序研究では、リドカイン静注は外用や局所注射では到達しにくい中枢神経系のナトリウムチャネルやNMDA受容体にも作用しうることが示唆されています。このため「単純な局所麻酔」というよりも「中枢にも作用しうる鎮痛介入」として位置づけられて議論されていますが、患者さんごとの効果はやはり一律ではありません。

疼痛スコアの変化

研究によりばらつきが大きく、反応する方では一定の改善が報告されています

中枢性感作との関連

中枢性感作の特徴がある方で、より反応しやすい傾向が指摘されています

効果の持続

コース終了後も数週間から数か月単位で改善が続く方もいますが、再燃する場合もあります
§ 05

点滴当日の流れ

事前評価とご説明

心電図、血圧、肝機能、現在お飲みのお薬を確認します。リドカイン静注は慢性疼痛に対しては適応外使用となるため、期待される効果と、不整脈・けいれん・局所麻酔薬中毒(LAST)など起こり得るリスクについて説明を受け、納得されたうえで同意書にサインしていただきます。

点滴ルート確保とモニター装着

腕に細い点滴の管を入れ、心電図、SpO₂、血圧計を装着します。スタッフは脂肪乳剤や救急カートが手の届く位置にあることを確認したうえで点滴を開始します。

点滴開始と最初の観察

輸液ポンプを使い、低めの速度から点滴を始めます。最初の十数分は特に注意して観察し、口の周りのしびれ、耳鳴り、めまい、心電図の変化など、薬が強く効きすぎているサインがないかを確認します。気になる症状があれば、その場ですぐ医師・看護師にお伝えください。

速度の調節

体調や反応に合わせて、医師の指示で点滴の速度を慎重に調整します。中毒のサインが出た場合は、速度を下げるか、ためらわずに点滴を中止します。

点滴中の見守り

点滴の間、痛みの程度、ふらつきや眠気、口のしびれ、金属のような味、視界の変化、耳鳴りなどを定期的にうかがいます。これらはリドカインが効きすぎている早めのサインのことがあるため、ご自身でも違和感があれば早めにお声がけください。

点滴後の観察と帰宅指導

点滴終了後もしばらくモニターをつけたままお休みいただき、痛みの変化、神経の所見、血圧・脈拍の安定を確認してから帰宅となります。当日はご自身で車を運転せず、ご家族の送迎や公共交通機関をお使いください。次回の予定や効果の振り返りはここで一緒に決めていきます。
§ 06

対象として検討される方

中枢性感作の特徴をともなう広範囲のMPS

局所のトリガーポイントだけでは説明しにくい広い範囲の痛み、軽い刺激でも痛む(アロディニア)、痛覚過敏、関連痛のパターンを超えた痛みなどがある患者さんでは、全身に作用するリドカイン静注の検討余地があると考えられています。ただし全員に効くわけではなく、効果には個人差があります。

局所治療で十分な改善が得られなかった方

ドライニードリング、トリガーポイント注射、徒手療法、運動療法など、トリガーポイントへの局所的なアプローチを十分試みても症状が和らがず、生活への支障が続いている場合に、選択肢の一つとして検討されることがあります。

痛みの破局化スコアが高い方

痛みを過剰に否定的にとらえてしまうパターンや、運動への強い恐怖(キネシオフォビア)、中枢性感作スコアの上昇がみられる方では、痛みに「中枢の増幅」が大きく関わっている可能性があり、心理的アプローチと組み合わせた治療の一部としてリドカイン静注が話題に挙がることがあります。

神経障害性の要素もまじっている方

焼けるような痛み、ピリピリした電撃様の痛み、しびれなど、神経そのものの障害を思わせる症状が筋筋膜性の痛みに重なっている場合、リドカイン静注のような中枢にも作用しうる治療が検討対象になることがあります。

オピオイド減量を目指す方

長期にオピオイドを使用している慢性MPSの方で、減量・中止を見据えた多角的な疼痛管理の一部として用いられることがあります。リドカイン静注のみで解決するわけではなく、運動療法、心理的アプローチ、薬物療法の見直しと組み合わせて計画されます。
§ 07

禁忌と副作用

絶対禁忌

相対禁忌

副作用と起こり得るリスク

モニタリング下での実施が必須

リドカイン静注の副作用は用量に依存し、適切な速度で行えば多くは軽度で一過性です。一方で、けいれんや不整脈、まれに局所麻酔薬中毒(LAST)など重篤な事象の可能性があるため、心電図と血圧を持続的に監視できる体制で実施されます。気になる症状があればすぐにスタッフへお伝えください。

口の周りのしびれ・違和感

点滴中に比較的よくみられる症状で、軽いしびれ程度であれば通常は心配ありません。ただし、しびれが強くなったり他の症状をともなう場合は遠慮なくお伝えください。

ふらつき・めまい

軽いふらつきは点滴中に起こることがあり、終了後しばらくで落ち着くことが多いです。中枢神経への一時的な作用と考えられています。

金属のような味

口の中に金属様の味を感じることがあります。基本的に害のある反応ではありませんが、増量中に急に強く出た場合は速度を下げるサインとして扱われます。

耳鳴り

耳鳴りはリドカインの血中濃度が上がってきている合図のひとつです。気づいた時点で必ずお伝えください。点滴を一時中断したり速度を下げたりして対応します。

吐き気

軽い吐き気が出る方もいらっしゃいますが、点滴速度を少し下げるとおさまることが多く、制吐薬を必要とすることはまれです。

眠気

点滴後にうとうとした感じが残ることがあります。当日はご自身での運転や危険を伴う作業を避け、ゆっくりお過ごしください。
§ 08

他の治療との位置づけ

比較対象
リドカイン静注の利点リドカイン静注の限界

対 外用リドカイン(貼付剤・クリーム)

中枢神経系まで到達しうるため、中枢性感作にもアプローチできる可能性
点滴ルート確保とモニタリングが必要で、医療施設内でしか行えない

対 トリガーポイント注射

個々のトリガーポイントを超えた、広範な痛みにもアプローチしうる
特定のトリガーポイントを直接ねらう治療ではなく、リソースもより多く要する

対 ケタミン点滴

解離症状や乱用リスクの面では穏やかな副作用プロファイル
一部の重度中枢性感作ではケタミンに比べて効果が劣る場合がある

対 経口メキシレチン

点滴ルートでの全身投与は、内服に比べて吸収のばらつきが少ない
自宅で自己管理できず、毎回通院が必要
§ 09

治療効果の経過の目安

複数回

治療コース週1回〜隔週で複数回のコースを組むのが一般的です

週〜隔週

セッションの間隔間隔を置きながら、痛みの変化や副作用を担当医と確認します

個人差

効果の持続コース後しばらく改善が続く方もいますが、効果や持続期間には個人差があります
押さえておきたいポイント
  1. リドカイン静注は、慢性筋筋膜性疼痛症候群に対しては日本では適応外使用にあたります。専門施設での自費診療として、難治例に限定して検討されることが多い治療です。

  2. 提唱されている作用機序は、ナトリウムチャネルへの作用、中枢性感作と呼ばれる現象への影響、抗炎症作用、NMDA受容体への作用などです。いずれも仮説や限定的なエビデンスを含みます。

  3. 対象として検討されやすいのは、広範囲のMPSで中枢性感作の特徴があり、ドライニードリングや徒手療法など局所治療で十分な改善が得られなかった患者さんです。

  4. 現時点のエビデンスは小規模試験と系統的レビューが中心で、報告される疼痛軽減の程度は研究によって幅があります。中枢性感作の特徴を持つ表現型では一定の効果が期待しうるものの、MPS全般に普遍的な保証はないと理解しておく必要があります。

  5. 【重要】心電図・血圧・SpO₂の持続監視と、脂肪乳剤を含む救急体制が整った施設でのみ実施されます。重度の肝障害や房室ブロックがある場合は禁忌となります。

  6. 具体的な投与速度や1回の総量は、専門医が患者さんごとに個別に決めます。患者さん向けの本ページではあえて数値を記載していません。実施を検討される場合は担当医にご相談ください。

  7. リドカイン静注は決して第一選択ではなく、運動療法・心理的アプローチ・薬物療法など標準的な治療を十分に試したうえで、選択肢の一つとして検討する位置づけです。