§ 01

ハイドロリリースとは

ハイドロリリース

ハイドロリリース

概要図

ハイドロリリース(生理食塩水ハイドロダイセクション)は、超音波ガイド下に液体――主に生理食塩水(0.9% NaCl)または5%ブドウ糖液(D5W)――を入れ、組織面に物理的に働きかけたり、神経周囲の癒着の状況に変化を与えようとするインターベンショナルな手技です。「ハイドロダイセクション」とは文字どおり「水による剥離」を意味し、注入された液体ボーラスが水圧的なメスのように働き、外科的な切開を行わずに癒着した組織層の間に空間をつくるという発想に基づいています。

前提となるのは、組織面の滑走という考え方です。筋・筋膜・神経・血管などは疎性結合組織の薄い層に隔てられ、運動時にはそれぞれ独立して滑走するとされています。慢性炎症、線維化、術後瘢痕、長く続く機械的ストレスでこの界面の滑走性が落ちると、組織同士が固着し、可動性の制限や神経への圧迫が生じる場合があります。トリガーポイントが慢性化する背景因子の一つとして注目されています。

近年の筋膜研究では、筋膜は単なる包みではなく、力の伝達や固有感覚、痛みの感知に関与する動的な組織であると議論されています。筋膜の滑走性が低下すると、生体力学のバランスや筋内圧、痛みの入力にも影響が及ぶ可能性が示唆されています。ハイドロリリースは、この滑走界面に液体で介入する発想に基づく手技と位置づけられます。

超音波ガイドはハイドロリリースにおいて任意ではなく、ほぼ必須の要素です。針先の位置、液体の広がり、組織面の開き具合をリアルタイムに確認できることで、盲目的な注射では得られにくい精度と安全性が担保されます。超音波を用いない場合は、液体が狙った面に届いているかの確認が難しくなり、効果と安全性の両方に影響しうる点が指摘されています。

ハイドロリリースの作用機序は完全には解明されておらず、症状の改善も個人差が大きいことが知られています。すべての筋筋膜性疼痛や神経症状に適応となるわけではなく、適切な診断と評価が前提となります。日本ではペインクリニックを中心に普及が進み、現在は外来診療でも比較的広く行われていますが、健康保険の適用は神経ブロック関連の項目との対応で限定的に運用されており、自費診療として実施される場面もあるため、医療機関ごとに費用や保険適用の取り扱いが異なります。施術を検討される際は、事前に主治医や施術医にご相談ください。

ハイドロリリースで想定される作用
液圧的な働きかけ(仮説)

液体の容積効果が癒着していた組織面に変化をもたらす可能性が示唆されています。本来の滑走界面に変化が生じると考えられていますが、確定した機序ではありません。

神経周囲への配慮

リアルタイムの超音波ガイドのもと、神経の周囲に液体を行き渡らせて圧迫の状況に変化を与える可能性が議論されています。

筋膜の水和環境への影響

注入液が慢性的な癒着で停滞しがちな筋膜の間質環境に働きかける可能性が示唆されています。

局所環境への影響

炎症性物質や発痛性メディエーターの局所濃度が変化する可能性が議論されており、注入部位の感作が和らぐ場合があるとされています。

§ 02

提唱されている作用

ハイドロリリースは、液体を介して組織面の状況に働きかけ、神経周囲の環境に変化を与える可能性が示唆されている手技です。

提唱されている作用

提唱されている作用

メカニズム図

組織面の水圧的分離(仮説)

筋膜層の間に液体を入れることで、癒着していた組織面に変化が生じる可能性があると考えられています。液体ボーラスが広がる過程で筋膜層間の潜在腔がわずかに開き、本来は独立して滑走しているはずの界面に変化が生じる可能性があると考えられています。慢性的な癒着で停滞していた間質液の循環が動き出し、隣接構造への機械的な拘束が和らぐ可能性が示唆されていますが、画像所見と症状改善が必ずしも一致しない場合もあり、効果の現れ方には個人差があります。

末梢神経周囲への影響(提唱されている考え方)

末梢神経が線維化した筋膜や瘢痕組織、筋層の間で圧迫されている状況で、神経の周囲に液体を環状に注入することで神経周囲の組織との関係に変化を与える可能性が議論されています。四肢の運動に伴う神経の滑走性が改善する例が報告されていますが、奏効は個々の絞扼部位や慢性化の程度によって大きく変わります。すべての方に同等の効果が得られるわけではなく、ハイドロリリースが圧迫の根本原因を取り除くわけではないこともご理解ください。

筋膜癒着への機械的アプローチ

筋筋膜性疼痛症候群(MPS)が長引く方では、筋膜の滑走面に線維性の癒着が形成されていることがあります。慢性炎症、反復する微小外傷、術後瘢痕、長期固定などが背景因子として挙げられます。注入された液体の容積効果でこうした癒着の一部に変化が起こる可能性が示唆されていますが、線維化が進んだ部位では液圧だけで十分な分離が得られないことも指摘されています。仮説の段階にとどまる部分も多く、「必ず剥がれる」と考えるべきものではありません。

局所環境への影響(提唱されている考え方)

注入された液量がトリガーポイント周囲の炎症性・侵害受容性物質に対して、局所環境に変化を与える可能性が議論されています。サブスタンスP、CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)、ブラジキニン、プロスタグランジンといったメディエーターの局所濃度が変化する可能性が示唆されており、末梢の感作が一時的に和らぐ場合があるとされています。組織のリモデリングが起こる前から短期的な疼痛軽減が報告される一因と考えられていますが、この考え方も仮説段階で、個人差や持続期間にはばらつきがあります。

トリガーポイント周囲への液圧的影響(仮説)

液体の圧が局所の筋緊張や過敏性に影響を与える可能性が示唆されていますが、詳細な機序は確立されていません。ドライニードリングで知られる局所反応との関連も議論されてはいるものの、実際にどのような変化が起こっているのかを十分に説明できる段階にはありません。あくまで複数の考え方の一つとして捉えていただき、確定した機序として受け止めないようにしてください。
§ 03

MPSに対する適応

トリガーポイントを持続させる筋膜癒着

トリガーポイントが慢性化した方では、周囲の筋膜に組織層間の滑走を妨げる癒着が伴うことがあります。この癒着が構造的な持続因子の一つとして働いている場合、トリガーポイント自体をドライニードリングや注射で処置しても、組織の可動性が制限されたまま機械的ストレスが続き、再燃しやすくなる例があります。複数の治療に反応が限定的な場合に、選択肢の一つとして検討されることがあります。

末梢神経の絞扼に類似した症状

MPS様の症状を引き起こすことがある末梢神経の絞扼に対しても、ハイドロリリースが用いられることがあります。代表的な絞扼部位として、腰殿部痛における殿皮神経(腸骨稜・仙結節靱帯付近)、内側肩甲骨痛における肩甲背神経、僧帽筋の症状における副神経、慢性肩痛における肩甲上神経などが報告されています。圧迫性のニューロパチーが本態であるにもかかわらず「治りにくいトリガーポイント」と扱われている事例があり、適切な診断と評価が前提となります。

従来の治療で反応が限定的な慢性化したトリガーポイント

慢性化したトリガーポイントの一部は、索状硬結(タイトバンド)内で線維化が進み、コラーゲンの沈着や瘢痕化、筋線維構築の乱れがみられることがあります。複数の治療に反応が限定的な場合に、別の角度からのアプローチとして検討されることがあります。ハイドロリリースは結節の外側から容積的に組織面へ働きかける考え方であり、適応の判断は施術医の評価によります。

筋機能を制限する術後癒着

脊椎手術、肩関節鏡、乳房切除術、開胸術、腹部手術などの後には、組織層の間に癒着が生じることがあります。こうした術後癒着が筋の伸張を制限し、動作のバランスが変わることで代償的に働く筋にトリガーポイントを誘発しうると考えられています。ハイドロリリースを超音波ガイド下に用いることで、外科的な癒着剥離を行わずに組織層の可動性に働きかける選択肢の一つとなります。すべての術後癒着が対象になるわけではなく、適応の判断は施術医に委ねられます。

胸腰筋膜(TLF)の硬さと機能障害

胸腰筋膜(TLF)は、体幹を介して上下肢に力を伝える要となる組織です。慢性腰痛のある方では、超音波やMRIでTLF各層の肥厚や滑走能の低下が観察されることが報告されています。TLF層間――特に後葉と脊柱起立筋腱膜の界面――にハイドロリリースを行うことで、筋膜の滑走性に変化が生じる可能性が議論されています。腰殿部の荷重伝達がスムーズになる例が報告されていますが、効果の現れ方には個人差が大きく、画像所見と症状の対応にもばらつきがあります。
§ 04

使用される注入液

注入液
主な利点留意点適しやすい場面

生理食塩水(0.9% NaCl)

等張液、pH 5.5前後、入手が容易

ハイドロリリースで広く使われている注入液です。等張のため組織への刺激が比較的少なく、忍容性に優れ、十分な水圧分離容量を得られます。コスト面でも臨床現場で扱いやすい選択肢です。
pHがやや酸性側に傾いているため、注入時に一過性の刺すような感覚が生じることがあります。鎮痛作用や神経保護作用は本来備わっていません。注入液は数時間で再吸収されるため、癒着の素地が残っていると組織面が再び接着する可能性があります。
汎用的なハイドロリリース、筋膜面へのアプローチ、初回の選択

5%ブドウ糖液(D5W)

ブドウ糖代謝後はやや低張になる、pH 4.0前後

神経周囲のハイドロリリースで近年用いられることが増えてきた注入液です。生理食塩水と比較して施術後の不快感が少ない傾向が一部の研究で報告されており、ブドウ糖が末梢神経に作用して異所性発火を抑える可能性が示唆されています。神経への刺激を抑えたい局面で選ばれることがあります。
ブドウ糖代謝後は低張となるため、理論上はわずかな細胞浮腫を生じうる点が指摘されています。生理食塩水よりやや高価です。鎮痛機序は完全には解明されておらず、エビデンスは現在も蓄積段階にあります。
神経周囲のハイドロリリース、手根管周囲、神経への配慮を要する施術

局所麻酔薬と生理食塩水の混合液

低濃度のリドカインを生理食塩水で希釈する処方が用いられます

施術中から施術後にかけての痛みを和らげやすく、患者さんの快適性が高まります。リドカインがナトリウムチャネルを遮断する作用と、生理食塩水の容量による物理的な働きが組み合わさる発想です。感覚過敏な部位でも比較的施術しやすくなります。
高濃度の局所麻酔薬は筋線維への影響が指摘されており、慎重な濃度調整が必要です。リドカインによって治療効果の判定材料となる痛みが一時的に分かりにくくなる場合があります。アレルギー反応のリスクもごくまれに存在し(アミド型では非常に少ないとされています)、鎮痛効果の持続は薬剤の半減期に応じます。
痛みを伴う慢性癒着、初回施術での快適性確保、感覚過敏の領域

PRP+生理食塩水(再生医療的アプローチ)

自己多血小板血漿(PRP)を生理食塩水で希釈して容量を確保

ハイドロリリースの機械的な発想に、PRPに含まれる成長因子(PDGF、TGF-β、VEGFなど)の生物学的な側面を組み合わせる試みです。新たに開いた組織面で再癒着の可能性に対して補助的なアプローチとして検討されることがあります。なお、相乗効果を確定的に示す証拠は限られており、適応は慎重に判断する必要があります。
PRP調製の準備が必要なため費用が増えます。採血と遠心分離装置、無菌操作の整った環境が前提となります。エビデンスはまだ限定的で、PRPによる炎症反応のため施術後の不快感が強まる場合があります。日本では自費診療として扱われることが一般的です。
再発する癒着、術後の組織面、再生医療的なプロトコルを希望する場合
§ 05

施術の流れ

施術手順

施術手順

ステップ別解説

超音波プローブの位置決めと標的部位の同定

高周波リニアプローブ(10〜18 MHz程度)を標的部位に当てます。高周波プローブは筋膜層・神経・組織面を細かく描出できるため、ハイドロリリースに適しています。施術者は受動的または能動的な動きを加えながら、筋膜層が独立に滑走していない部位を癒着の手がかりとして同定し、剥離すべき面または神経を絞り込みます。

穿刺ルートの選択(平行法と交差法)

ハイドロリリースでは、針軸と先端を画面上で連続的に視認できる平行法(イン・プレーン)が一般的に推奨されます。針先を標的の組織面内にミリメートル単位で配置するため、視認性は安全性と精度の両面で大切な要素となります。平行法では針が筋膜面に進入する過程をそのまま観察でき、注入前に位置を確認できます。浅い広い標的では交差法(アウト・オブ・プレーン)が選択される場合もあります。

針の刺入と組織面への到達

22〜25Gの脊髄針(標的の深さに応じて50〜90 mm長を選択)を超音波ガイド下に進めます。長めの脊髄針は深部の筋膜面まで届きやすく、画面上でも見やすい点が利点です。分離すべき二層の間に針先を到達させ、高輝度の筋膜界面に針先が確認できる位置で停止します。針径や長さの最終的な選択は、施術医の判断に委ねられます。

試験注入と組織面の確認

本注入の前に、ごく少量のテストボーラスを注入し、針先位置の妥当性を確認します。超音波画面で液体が標的面内を伸展し、二層の筋膜が目視で離開する「剥離サイン」が得られるかを観察します。液体が筋実質や皮下組織に逸脱するなど予期した面に広がらない場合は、針位置を調整してから先に進めます。

計画した量の注入

面内配置が確認できたら、残りの液量を制御された圧と速度でゆっくり注入します。過剰な圧をかけないように丁寧に進めながら、画面で組織面が開いていく様子を確認し、必要に応じて針の位置を微調整して癒着の長軸方向に液体が広がるよう誘導します。神経周囲では360度方向への分布を意識して注入します。注入量や濃度の最終判断は、施術医が個々の状況に合わせて行います。

面分離の動的評価

注入後、受動的・能動的な動きを加えながら超音波で組織面を再評価します。それまで癒着していた層が独立して滑走している様子が確認できれば、施術の手応えとして良好な所見と捉えられます。神経周囲の場合、肢体運動時に神経が周囲組織内をスムーズに動くかも重要な指標となります。分離が不十分なときは、追加の注入を検討する場合があります。

主な技術的パラメータ

超音波プローブ

リニア高周波型、10〜18 MHz程度

穿刺アプローチ

平行法(イン・プレーン)が一般的

針の太さと長さ

22〜25Gの脊髄針、50〜90 mm

1部位あたりの注入量

数mL〜十数mL程度(施術医の判断により大きく変わります)

注目される超音波所見

「剥離サイン」――筋膜層が目視で離開する像

注入速度

ゆっくりと、組織面の開きを確認しながら
§ 06

併用が検討される治療

ハイドロリリースは集学的な治療プログラムに組み込まれた際に持ち味を発揮しやすい手技です。以下の組み合わせでは、ハイドロリリースで整えた構造的な土台の上に、痛みの別の側面に対応する治療を段階的に重ねていく考え方が示されています。

ハイドロリリース+体外衝撃波療法(ESWT)

段階的な組み合わせの考え方

まずハイドロリリースで癒着面に働きかけ、絞扼の影響を受けていた神経の周囲環境を整える発想です。続いてESWTを可動化した組織に当て、機械的刺激を通じた組織の反応を期待します。構造的な部分にハイドロリリース、修復過程にESWTを組み合わせる段階的な考え方であり、機械的拘束と組織変性が併存する慢性筋膜癒着で検討されることがあります。

衝撃波療法について学ぶ

ハイドロリリース+ドライニードリング

面と結節の両方に働きかける考え方

トリガーポイントと筋膜癒着が併存する場合(慢性MPSではよく見られます)、先にハイドロリリースで癒着面に働きかけてから、トリガーポイント本体にドライニードリングを行う流れが選ばれることがあります。癒着が和らぐと、ドライニードリングの手応えが得られやすくなる例が報告されていますが、すべての方に当てはまるわけではありません。構造面と神経筋面の両方に段階的に対応する併用といえます。

ドライニードリングについて学ぶ

ハイドロリリース+多血小板血漿(PRP)

面の充填による回復支援を狙う発想

ハイドロリリースで組織面に働きかけた後、PRPを同じ空間に注入し、成長因子を局所に届ける試みです。PDGF、TGF-β、VEGFなどが組織の修復過程に関与すると議論されており、再癒着の可能性に対して補助的なアプローチとして検討されることがあります。単独施術で繰り返し癒着が再形成される事例で検討されることがありますが、相乗効果のエビデンスは限定的で、自費診療の枠組みになる点も含めて事前の説明が大切です。

PRP療法について学ぶ

ハイドロリリース+運動制御リハビリテーション

構造の解放を機能の再学習につなげる

ハイドロリリースで組織面の可動性に変化が生じても、長く続いた拘縮の中で身についた動きの癖は施術だけでは修正されません。標的を絞ったリハビリテーションで、回復した可動域を活かす神経筋制御を再学習していきます。段階的な負荷、固有感覚の再教育、動作パターンの見直しが柱となります。リハビリを行わないと代償的な動作が残り、力学的負荷から癒着が再形成されやすくなることが指摘されています。

ニューロモジュレーションについて学ぶ
§ 07

エビデンスの現状

Wuら(2019年、Muscle Nerve)

ランダム化比較試験軽度から中等度の手根管症候群を対象に、超音波ガイド下の神経周囲ハイドロリリースを評価した前向き二重盲検ランダム化比較試験です。ハイドロリリース群では症状スコアと電気生理学的指標で対照群より大きな改善が報告され、正中神経を周囲組織から機械的に剥離するという手技の臨床的意義を支持する結果とされています。

Wuら(2022年、BioMed Research International)

比較ランダム化試験重症の手根管症候群を対象に、超音波ガイド下の神経周囲注射として4種の注入液(生理食塩水、5%ブドウ糖液、多血小板血漿、ヒアルロン酸)を比較した試験です。いずれの注入液でも臨床的改善が得られており、ブドウ糖液が機械的なハイドロリリース効果以上の鎮痛・神経保護的効果をもたらすかという議論の参考資料となっています。

Cass(2016年、Curr Sports Med Rep)

ナラティブレビュー超音波ガイド下の神経ハイドロリリースについて、手技・適応・初期エビデンスをまとめた総説です。複数の絞扼部位で有望な可能性が示唆されている一方、適応と有効性を確定するためには質の高い研究の蓄積が必要であると慎重な姿勢が示されています。

筋筋膜痛領域における新しい知見――筋膜ハイドロリリース

ケースレポート・パイロット研究日本を含む各国のペインクリニック領域で、慢性筋筋膜痛に関与しうる筋膜面へのハイドロリリース適用例を扱ったケースレポート・小規模ケースシリーズが増えてきています。MPSに対する筋膜ハイドロリリースに特化した大規模なランダム化比較試験は現時点で得られておらず、機序的に妥当と考えられる手技を専門医の管理下で集学的ケアの一部として位置づけるのが適切とされています。
§ 08

他の治療法との比較

比較項目
ハイドロリリースドライニードリングトリガーポイント注射衝撃波療法

主な標的

筋膜面、神経周囲の癒着、組織界面
索状硬結(タイトバンド)内のトリガーポイント結節
トリガーポイント結節(薬剤を併用)
トリガーポイント領域(体表からの音響エネルギー)

想定される作用

液圧で組織面に変化を与え、神経周囲の状況に働きかける(仮説含む)
局所反応を介した機械的アプローチ
機械的アプローチに薬剤の薬理作用を加味
メカノトランスダクションや組織反応への関与が議論されています

画像ガイダンス

超音波ガイドが基本(精度確保のため必須)
通常は不要(触診ガイド)
任意(触診ガイドが基本、超音波併用もあり)
不要(体表照射)

注入量

部位や術者判断に応じ、数mL〜十数mL程度(液量自体が治療要素)
注入なし(中実の鍼状針)
トリガーポイント1点あたりごく少量
注入なし(外部からのエネルギー照射)

到達深度

浅層から深層まで(針長50〜90 mmに依存)
浅層から深層(25〜75 mmの針)
浅層から中間層(25〜50 mm程度の針)
拡散型:3〜4 cm程度/集束型:最大12 cm程度

エビデンス(筋筋膜痛に対して)

神経絞扼に対する研究が比較的豊富、筋膜病態への適用は発展段階
中〜比較的しっかりとした水準(複数のRCT、メタアナリシス)
中程度(実臨床で用いられているがRCTの質はばらつく)
上部僧帽筋トリガーポイントなどで一定の知見が報告されています

主な強み

筋膜癒着や神経周囲の状況に直接働きかける考え方ができる
広く普及し、注入薬を用いずに行える
即時的な薬理効果と機械的アプローチを組み合わせられる
非侵襲で針を用いず、患者さんが受け入れやすい
§ 09

安全性プロファイル

想定される合併症と反応

比較的良好な安全性

比較的安全性の高い手技

ハイドロリリースは、訓練を受けた施術医が超音波ガイド下に行えば安全性が比較的高い手技と考えられています。リアルタイムで針先を確認できるため、重要構造を避けつつ液体送達を確認しやすく、注入液(生理食塩水やD5W)も生体適合性に優れます。重篤な合併症はまれですが、ゼロではない点はご理解ください。

感染(ごくまれ)

針を用いる手技に共通するリスクとして、感染の可能性が理論上はあります。皮膚の消毒、滅菌器具の使用、適切な手指衛生など、標準的な無菌操作を徹底することで実際の発生はごくまれにとどまります。施術後に注入部位の発赤や熱感、強い痛みが続く場合は早めにご相談ください。

針による神経損傷(超音波ガイド下では非常にまれ)

末梢神経近傍での施術には、針の直接接触による神経損傷の可能性が理論上はあります。超音波ガイドで針と神経の位置関係を継続的に確認することで実臨床では非常にまれですが、施術後にしびれや筋力低下が長引く場合は速やかに担当医へご連絡ください。突然の強い症状や呼吸困難・意識低下といった緊急症状の場合は、ためらわず救急要請(119)を含めた対応をご検討ください。

施術後の鈍痛(想定される反応、24〜48時間)

注入部位に軽度〜中等度の鈍痛が出ることは、ハイドロリリース後によく経験されます。注入による組織伸展や癒着への機械的アプローチに伴う局所反応で、通常は24〜48時間程度で和らぎます。ドライニードリング後の感覚と似た経過です。多くの場合は2〜3日で落ち着き、必要に応じてアセトアミノフェンや冷却で対応できます。

一過性のしびれ(局所麻酔薬を併用した場合)

注入液に局所麻酔薬を加えた場合、麻酔薬が作用した神経の支配領域に一過性のしびれや感覚異常、軽度の筋力低下が生じることがあります。これは合併症ではなく薬剤の薬理作用で、リドカインであれば通常数時間程度で消退します。運動神経の近くで施術する際は、自動車運転や危険作業を避けるなど、事前の説明と帰宅時の配慮が大切です。
要点のまとめ
  1. ハイドロリリースは超音波ガイド下に液体を入れ、癒着した組織面や神経周囲の状況に働きかける手技で、慢性のMPS(筋筋膜性疼痛症候群)に関連する構造的因子に向き合う考え方の一つです。作用機序は完全には解明されておらず、症状の改善も個人差が大きいことが知られています。

  2. 超音波ガイドは「あれば便利」ではなく、安全性と精度の双方で重要な要素です。針先や液体の広がりをリアルタイムで確認できる点が、この手技の核となります。

  3. MPSにおける主な検討対象は、トリガーポイントを維持する筋膜癒着、MPS様症状を呈する末梢神経絞扼、複数の治療に反応が限定的な慢性化したトリガーポイントです。

  4. 注入液は生理食塩水とD5W(5%ブドウ糖液)が中心で、神経周囲ではD5Wが選ばれる場面が増えてきています。選択は標的とエビデンスを踏まえて施術医が判断します。

  5. エビデンスは手根管症候群を中心とした神経絞扼領域で比較的整っており、筋膜病態への適用は発展段階です。MPS特異的なRCTは今後の課題とされています。

  6. ESWT、ドライニードリング、PRP、運動制御リハビリテーションなど他の治療と組み合わせて用いられることがあり、構造面と機能面の両方からアプローチする発想が大切です。

  7. 安全性は比較的高く、適切な超音波ガイドと無菌操作のもとで重篤な合併症はまれです。施術後24〜48時間の鈍痛は想定される反応で、自然に落ち着くことが多いです。

  8. すべての筋筋膜性疼痛や神経症状に適応となるわけではなく、適切な診断と評価が前提となります。施術の可否は、診察を行った医師にご相談ください。

まとめ:ハイドロリリースは、慢性のトリガーポイントを取り巻く筋膜・神経の構造的環境に向き合う、超音波ガイド下の手技です。ドライニードリングやトリガーポイント注射の代わりではなく、異なる層の問題に対応する補完的な選択肢として位置づけられます。作用の仕方は完全には解明されておらず、症状の改善も個人差が大きいことが知られていますが、複数の治療に反応が限定的なMPSの方では、適切な診断と評価のうえで検討に値する選択肢の一つとなります。適応や費用、保険適用の有無については施術医にご相談ください。