長い時間を貫く観察の歴史

歴史の概要図

歴史の概要図

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トリガーポイントの歴史は、無知から知識への一直線の道のりというよりも、異なる文化のなかで似た現象が繰り返し見いだされてきた歩みに近いと言えます。古代の知見が一度忘れられ、また別の時代に再発見される。そんな積み重ねの上に、今日の理解が築かれてきました。

古代中国の医師は阿是穴と呼び、西洋の医師は「リウマチ性結節」「線維炎」、そして「筋筋膜性トリガーポイント」と表現してきました。日本では指圧における圧痛点として整理されてきた経緯もあります。呼び名は時代や地域で変わりますが、観察の核心は比較的一貫しています。すなわち、筋のなかに局在する圧痛点が、その場だけでなく離れた部位にも痛みとして広がることがあり、徒手や鍼による刺激にある程度反応するという臨床所見です。

ジャネット・トラヴェルは、ケネディ大統領の腰痛の治療に関わったことを契機に、米国で女性として初めてホワイトハウスの主治医となった人物です。

このページでは、『黄帝内経』に始まる初期の記録から、唐代の阿是穴の整理、19〜20世紀の西洋医学における観察、そして近年の生化学的研究や画像研究まで、二千年余りの観察の歩みを概観します。

古代中国医学と阿是穴

ジャネット・トラヴェルが「トリガーポイント」という語を用いるよりはるか前から、古代中国の医師は筋の圧痛点を観察し、治療の対象としてきました。押すと強く痛む筋内の点――阿是穴の概念は、後に西洋医学が改めて記述することになる現象に関する、初期の体系的な記録の一つとして位置づけられています。

古代東洋と近代西洋の記述に共通する観察があるという事実は、文化や時代を越えて、似た臨床現象が繰り返し見いだされてきたことを示しています。トリガーポイントは、複数の医療伝統のなかで独立に注目されてきた現象だと考えられます。

一定の重なり――一部の比較研究では、阿是穴として記録されてきた部位と、臨床で同定されるトリガーポイントの位置が一定程度重なる傾向が報告されています。

阿是穴(あぜけつ)

由来と意味

唐代の孫思邈(581〜682年)が『備急千金要方』のなかで整理した概念です。「阿是」は「ああ、そこです」という意味合いで用いられ、現代の患者さんがトリガーポイントを押された際の反応とよく似ています。古典の経絡上にあるかどうかにかかわらず、触診で強い反応を示す圧痛点を広く含む点が特徴です。

黄帝内経

紀元前200年頃の医学文献

現存する最古級の医学文献の一つで、筋に生じる有痛点や、臓腑との関連、砭石(へんせき)や灸を用いた治療などについて記述があります。筋の圧痛部位が局所だけでなく身体全体の不調に関連し得るという見方が、早い段階から示されていたと言えます。

霊枢(れいすう)

圧痛点のマッピング

『黄帝内経』とともに伝わる『霊枢』には、筋に生じる圧痛点について比較的詳しい記載が見られます。記された部位の一部は、現代のトリガーポイント分布と重なるところがあり、長い時代を超えた臨床観察の連続性を感じさせます。

経絡との重なり

鍼灸との解剖学的対応

阿是穴の多くは、古典的な経絡上の経穴と解剖学的に近い位置にあると指摘されてきました。現代の比較研究でも、阿是穴として記録されてきた部位と、臨床で同定されるトリガーポイントの位置が一定程度重なるという報告があり、別々に発展した医学体系が近い現象を観察してきた可能性が示唆されています。

気滞の考え方

古典における説明モデル

古代中国医学では、筋の圧痛点を「気の滞り」として説明することがありました。エネルギーの流れが滞ることで痛みや機能の不調が生じるとする見方で、現代の統合仮説(エネルギー危機仮説)が描く「持続的な収縮」「局所の循環低下」「代謝環境の変化」と発想として通じる部分があるとも考えられます。いずれも仮説的な枠組みであることに留意が必要です。

古典的な治療の方法

鍼・灸・推拿

古代中国の医師は、有痛点に対して鍼(石・骨・金属の針)、灸(もぐさを用いた温熱刺激)、推拿(圧と揉みを用いる手技)といった方法で対応していました。これらは、現代のドライニードリング、温熱療法、徒手によるトリガーポイントリリースと、考え方の上で重なる部分があると見ることができます。

東洋と西洋――重なり合う観察

古代中国の阿是穴と現代西洋のトリガーポイントの重なりは、疼痛医学の歴史のなかでも興味深い話題の一つです。地理的にも時代的にも離れた二つの医学の流れが、筋に関わる痛みについて似た見方に到達してきたという経緯があります。

古代中国医学における「気の滞り」の考え方――流れが滞ることで局所に不調や遠隔部の症状が生じるとする見方――は、現代の統合仮説(エネルギー危機仮説)が描く局所の循環低下や代謝環境の変化、関連痛のパターンと、発想として通じるところがあります。いずれも仮説的な枠組みである点には留意が必要ですが、文化を越えた観察の重なりは興味深い手がかりと言えます。

歴史の年表

Historical Timeline

Historical Timeline

Stage Progression Diagram
紀元前200年頃

黄帝内経(こうていだいけい)

現存する最古級の医学文献の一つです。筋に生じる有痛点と、それに対する鍼や灸を用いた治療が記されており、刺激を加えた部位から離れた領域で痛みが軽減することがあるという観察も含まれています。

650年頃

孫思邈と阿是穴

唐代の医師・孫思邈が主著『備急千金要方』のなかで、阿是穴(あぜけつ)の概念を整理しました。触れた際に患者さんが「ああ、そこです」と反応する圧痛点を指し、現在のトリガーポイント概念に通じる初期の体系的な記述として位置づけられています。

1816年

西洋医学における初期の記載

イギリスの内科医バルフォアが筋内の「リウマチ性結節」について記述しました。後にトリガーポイントと呼ばれることになる現象に関する、西洋医学側の初期の記録の一つとして知られています。

1843年

フロリープによる観察

ドイツの解剖学者ロベルト・フロリープが、筋の有痛性硬結(Muskelschwiele)について報告しました。硬結部を圧迫すると患者さんの遠隔部位の症状が再現される場合があると記されており、関連痛という概念を考える早期の手がかりとなりました。

1904年

ガウアーズと「線維炎」

ウィリアム・ガウアーズが、有痛性の筋結節を指して「線維炎(fibrositis)」という用語を用いました。この呼称をきっかけに、筋に由来する痛みの本態についての議論が長く続くことになります。

1938年

ケルグレンの関連痛研究

J.H.ケルグレンが高張食塩水を筋内に注入する実験を行い、筋への刺激が一定のパターンで遠隔部に痛みを生じさせ得ることを示しました。関連痛の科学的理解の足がかりとなった研究です。

1942年

トラヴェルとリンツラーの初期論文

ジャネット・トラヴェルとデイビッド・リンツラーが、筋筋膜性の痛みとトリガーポイントへの注射に関する論文を発表しました。特定の筋内の点が、再現性のある関連痛を生じ得ることを臨床的に示した初期の報告として知られています。

1952年

ピストールとメソセラピー

フランスの医師ミシェル・ピストールが、皮内に少量を注入する手技として知られるメソセラピーを考案しました。「少量を、まれに、適切な場所に」という考え方が、低侵襲な疼痛治療の発想に影響を与えたとされています。

1950〜80年代

トリガーポイント研究の進展期

トラヴェルが後にデイビッド・シモンズと協力し、長年にわたり多くの骨格筋について関連痛パターンの整理を進めました。この時期に蓄積された臨床観察が、現在まで参照される基礎資料となっています。

1979年

カレル・ルウィットの「鍼の効果」

チェコの医師カレル・ルウィットが、注入する薬液ではなく、鍼そのものによる機械的な刺激にも一定の鎮痛効果があり得ることを示す論文を発表しました。後のドライニードリングの議論に影響を与えた研究の一つとされています。

1983年

『トリガーポイントマニュアル』初版

トラヴェルとシモンズによる包括的なマニュアルが刊行されました。診断の手がかりや治療手順、関連痛パターンを整理した臨床リファレンスとして、現在も広く参照されています。

1990年代

統合仮説(エネルギー危機仮説)の提唱

デイビッド・シモンズらにより、トリガーポイントの病態を説明する枠組みとして「統合仮説(エネルギー危機仮説)」が提示されました。アセチルコリンの放出異常、筋節の持続的な収縮、局所の循環不全が相互に関わるとするモデルですが、現在も検証と議論が続いている仮説の一つです。

2005–2008年

シャーらによる生化学的環境の研究

ジェイ・シャーらがマイクロダイアリシス法を用いて、活動性とされるトリガーポイント周囲の生化学的環境を測定しました。サブスタンスPやCGRP、ブラジキニン、サイトカインの上昇、また酸性側に偏ったpHなどが報告されており、トリガーポイントの局所環境を直接的に評価した研究として位置づけられています。

2010年代

画像研究による可視化の試み

超音波エラストグラフィーやMRIの応用により、トリガーポイント領域とされる部位が周囲よりも硬く描出される所見が報告されるようになりました。すべての診断課題が解決したわけではありませんが、客観的指標を加える方向への前進として注目されています。

2020年代

現代の研究と人工知能の応用

機械学習を用いた疼痛パターンの解析や、東洋医学・西洋医学双方の知見を統合する試みなど、研究の幅は広がっています。臨床応用にはなお検証が必要ですが、筋筋膜性疼痛の理解は少しずつ更新されてきています。

トリガーポイント研究の主な貢献者

SS

孫思邈(そんしばく)

581〜682年

阿是穴の概念を整理した唐代の医師で、中国では「薬王」と呼ばれることもあります。主著『備急千金要方』では、触診で患者さんが強く反応する圧痛点に臨床的な意味があり、治療の対象になり得ると述べられています。後の西洋医学のトリガーポイント記述に1,000年以上先立つ記載とされています。

JT

ジャネット・トラヴェル

1901〜1997年

筋筋膜性疼痛の臨床に大きな影響を与えた医師であり、ケネディ大統領の主治医を務めたことでも知られます。米国で女性として初めてホワイトハウスの主治医に就任しました。デイビッド・シモンズとの共著『トリガーポイントマニュアル』では、多数の筋について関連痛パターンを体系的にまとめています。

DS

デイビッド・シモンズ

1922〜2010年

トラヴェルとともに『トリガーポイントマニュアル』を著し、トリガーポイントの病態を説明する枠組みとして「統合仮説(エネルギー危機仮説)」の提唱に関わりました。臨床所見と基礎研究を結び付けようとした研究者として知られています。

JK

J.H.ケルグレン

1911〜1989年

筋内に高張食塩水を注入する実験により、筋への刺激が一定のパターンで遠隔部に痛みを生じ得ることを示しました。関連痛という現象を実験的に検討した先駆者の一人です。

MP

ミシェル・ピストール

1923〜2003年

1952年にメソセラピーを開発したフランスの医師です。「少量を、まれに、適切な場所に」という考え方を掲げ、対象を絞った微量注射という発想を示したことで知られています。

KL

カレル・ルウィット

1916〜2014年

チェコの医師。1979年の論文「鍼の効果」では、薬液ではなく鍼そのものの機械的刺激に一定の鎮痛効果があり得ることを論じました。後年のドライニードリングの議論に少なからぬ影響を与えたとされています。

JS

ジェイ・シャー

現役の研究者

米国NIHの研究者として、活動性のトリガーポイント周囲の生化学的環境をマイクロダイアリシス法で測定し、サブスタンスPやCGRPの上昇、酸性側に偏ったpHなどを報告しました。トリガーポイントの局所環境を直接評価した研究として広く参照されています。

知っておきたい事実

大統領の主治医

ジャネット・トラヴェルは、ケネディ大統領の慢性的な腰痛の治療に関わったことで知られています。米国で女性として初めてホワイトハウスの主治医に就任した人物でもあります。

二千年以上前の記述

「トリガーポイント」という語自体は近代のものですが、紀元前200年頃の『黄帝内経』にはすでに筋に生じる有痛点と鍼治療に関する記載が見られます。古代の医師がよく似た現象を観察していた手がかりと言えます。

画像研究での裏付けの試み

近年の超音波エラストグラフィーやMRIの研究では、トリガーポイント領域とされる部位が周囲よりも硬く描出されることが報告されています。すべての診断課題が解決したわけではありませんが、長年の臨床所見に客観的な指標を加える試みとして注目されています。

世界各地での臨床応用

トリガーポイントへのアプローチは、理学療法・カイロプラクティック・オステオパシー・医療など多くの分野で取り入れられており、世界の幅広い地域で実践されています。

局所環境の研究

活動性とされるトリガーポイント周囲では、サブスタンスPなどの神経ペプチドや炎症関連物質の上昇、酸性側に偏ったpHなどが報告されています。これらは局所環境の特徴を示す手がかりとされていますが、解釈には今も議論があります。

東西の臨床観察の重なり

中国伝統医学の阿是穴、日本で発展した指圧の圧痛点、そして西洋で記述されてきたトリガーポイント――これらは独立に発展してきた体系ですが、解剖学的に重なり合う部位が一定数あることが指摘されています。臨床観察として共通する部分が少なくないと考えられています。

ルウィットの示した観察

カレル・ルウィットは、食塩水・リドカイン・薬液を伴わない鍼のいずれの場合でも、近い水準の鎮痛効果が得られることがあると報告しました。鎮痛効果が薬液そのものよりも、鍼による機械的な刺激と関連している可能性を示した観察として知られています。

MPS研究史の主な節目
  1. 01古代中国(652年頃)

    孫思邈が阿是穴について記述。圧迫で痛みを生じる筋内の点として、現代のトリガーポイント概念に通じる観察が含まれています。

  2. 021843年|フロリープ

    ドイツの解剖学者フロリープが、筋内の触れて分かる結節と関連痛との関係について記述しました。

  3. 031942年|トラヴェル

    ジャネット・トラヴェルが筋筋膜性のトリガーポイントと関連痛パターンに関する初期の論文を発表しました。

  4. 041983年|マニュアル刊行

    トラヴェルとシモンズが包括的なマニュアルを刊行。現在も臨床で参照される資料となっています。

  5. 052000年代|現代研究

    画像研究や生化学的研究によって、トリガーポイントの病態をめぐる議論に客観的な手がかりが少しずつ加えられてきました。

言葉から見る歴史

“筋筋膜性疼痛症候群は、医師がそれを見つけ出す訓練を受けていないために、見落とされやすい――。”
――ジャネット・トラヴェル
“痛みのある場所こそが、治療の手がかりとなる経穴です。”
――孫思邈『備急千金要方』(652年頃)