知っておいていただきたいこと: 筋筋膜性疼痛症候群(MPS)の診断にたどり着くまでには、複数の医療機関を回り、長い時間を要する場合が少なくありません。その痛みは確かに存在します。だからこそ、正しく見立ててくださる専門家に出会うことが、回復への大切な一歩になります。

診断が難しいとされる理由

急性痛と慢性痛は性質が異なる

急性の痛みは、特定のけがに対する一時的な反応であることがほとんどです。一方、慢性の筋筋膜性疼痛は、神経系が痛みを処理する仕組み自体に変化が生じている場合があり、急性痛とは異なる視点での評価が必要になります。

一般的な検査では捉えにくい

トリガーポイントは、X線・MRI・血液検査などには通常映りません。画像検査で異常が見当たらないと、痛みの存在自体が見過ごされてしまうことがあります。

他の疾患と症状が重なる

筋筋膜性疼痛は、関節炎・坐骨神経痛・片頭痛などと似た症状を示すことがあります。症状が複数の領域にまたがるため、専門外の医師では見立てが難しいケースもあります。

医学教育で扱われる機会が限られている

かかりつけの先生方は日々丁寧に診療されていますが、複雑な筋肉由来の痛みについて学ぶ機会は十分とは言えません。筋筋膜性疼痛は、医学部のカリキュラムでも詳しく取り上げられにくい分野とされています。

多くの患者さんが経験される道のり

正しい診断にたどり着くまで、何年もの試行錯誤を経験される方は少なくありません。

1

症状の始まり

数日〜数週間

痛み、こわばり、動きにくさが現れます。「年齢のせい」「使いすぎ」と片づけられがちで、トリガーポイントが関与している可能性に気づかれないまま経過することがあります。

2

セルフケアの試み

数週間〜数か月

市販薬や安静、家庭でのケアを試みても、痛みが繰り返してしまい、十分な手応えが得られない時期です。

3

最初の受診

1〜3か月

X線や血液検査が行われても結果は「異常なし」と説明され、明確な答えのないまま帰宅される方も多くいらっしゃいます。

4

診断の迷走

6〜24か月

別の疾患名がいくつも検討され、ときには「気のせいでは」と告げられることもあります。心身の負担が積み重なりやすい時期です。

5

正しい診断に出会う

個人差が大きい時期です

筋筋膜性疼痛に詳しい医師がMPSを見立て、的を絞った治療が始まります。ここから回復に向けた歩みが見えてきます。

誤解されやすい疾患

トリガーポイントは離れた部位に「関連痛」を送ることがあり、別の疾患と誤解されやすい性質を持っています。

誤解されやすい診断名重なりやすい症状見分けの手がかり
線維筋痛症
広い範囲の痛み、強い疲労感、睡眠の質の低下線維筋痛症は全身に圧痛を伴いやすい一方、トリガーポイントは比較的限られた部位にあり、関連痛のパターンを伴うとされます。
関節炎
関節の痛み、こわばり、動かしにくさ関節炎は関節そのものに病変が生じます。トリガーポイントは筋肉の組織内に存在すると考えられています。
神経の圧迫(神経根症など)
広がる痛み、しびれ、ピリピリ感神経の問題では症状が特定のデルマトームに沿って広がる傾向があります。一方、トリガーポイントは筋肉ごとに固有の関連痛パターンが報告されています。
慢性疲労症候群
強い疲労、筋肉のだるさ、頭がぼんやりする慢性疲労症候群は、休息によっても回復しにくい持続的な疲労が中心で、局所的な筋の硬結は定義に含まれていません。
うつ病・不安症
疲労感、痛み、活動量の低下慢性の痛みは気分の変化を伴うことがありますが、筋筋膜性疼痛では触診によって筋肉所見が手がかりになる場合があります(所見の取り方には術者間の差があると報告されています)。
ライム病
筋肉や関節の痛み、強い倦怠感ライム病は特異的な検査で診断され、ダニの咬傷歴や特徴的な皮疹が先行することが多いとされます(日本での発生は地域差があります)。

線維筋痛症と筋筋膜性疼痛の違い

この二つの病態は混同されやすく、併存することも珍しくありません。それぞれ治療の考え方が異なるため、違いを知っておくことが助けになります。

線維筋痛症

中枢性感作と関連が指摘される病態

中枢神経系における痛みの処理に変化が生じ、痛みを感じやすくなっていると考えられている病態です。広い範囲の痛み、強い疲労感、思考のもやつき、回復感の乏しい睡眠などが報告されています。

筋筋膜性疼痛症候群(MPS)

末梢の筋肉に関連する病態

トリガーポイント——索状硬結(タイトバンド)の中に触れることのある収縮した結節——が関与すると考えられている末梢性の病態です。局所の痛みと、ある程度予測できる関連痛パターンが特徴とされています。

比較項目
線維筋痛症
筋筋膜性疼痛
痛みの性質広い範囲にわたる、びまん性の鈍い痛み特定の筋肉に局在し、関連痛パターンを伴うことが多い
痛みの分布左右両側、上半身・下半身の広範囲(「全身的な痛み」と表現されることがあります)局所的——特定の筋肉と、その関連痛の領域
圧痛点とトリガーポイント広い範囲の圧痛点。押すと痛みますが、離れた部位への関連痛は通常伴いませんトリガーポイント——索状硬結のなかに触れる結節として記述され、離れた部位に痛みが広がる場合があります
索状硬結(タイトバンド)一般には認められません。筋肉は全体的にだるく感じやすいものの、帯状の硬さは指摘されにくい所見です触診で索状硬結が触れられることがあります(ただし術者間の所見の差が報告されています)
関連痛通常は伴わず、痛みは押した部位にとどまりますトリガーポイントを押すと、別の部位に普段の痛みが再現される場合があります
局所単収縮反応(LTR)通常は認められませんドライニードリングや圧迫の際にみられる場合があると報告されています
中枢性感作中枢性感作と呼ばれる神経系の変化が中心的に関与すると考えられていますトリガーポイントが長期間続くと、二次的に関与する可能性があります
疲労と睡眠回復感の乏しい睡眠、慢性的な疲労、いわゆる「フィブロフォグ」が報告されることが多い軽度〜中等度。痛みのある姿勢で目が覚めるなど、痛み起因の睡眠の乱れが多いとされます
画像検査通常はすべての画像検査で異常が指摘されません通常の画像検査では異常を指摘されにくく、超音波エラストグラフィーで硬さの違いを観察した報告がありますが、現時点では研究段階です
血液検査通常はすべて正常範囲。診断は臨床的に行われます通常はすべて正常範囲。触診を含む臨床所見が手がかりとなります
局所治療への反応一か所の治療では全体への手応えが乏しいと報告されることが多い病態ですトリガーポイントの活動性が低下することで、痛みが軽減する場合があります(個人差があります)
運動への反応初期は症状が一時的に強まることがあり、ごく緩やかな段階的進行が望ましいとされます一般には有益とされ、ストレッチや筋力強化がトリガーポイントの軽減に役立つと報告されています
主に用いられる治療日本ではデュロキセチン(2015年承認)やプレガバリン(2012年承認)が線維筋痛症に対して用いられ、有酸素運動・認知行動療法(CBT)が組み合わされますトリガーポイントへの直接的アプローチ(ドライニードリング、徒手療法など)、ストレッチ、姿勢の見直しが中心です
見通し長期的に付き合っていく慢性疾患と位置づけられます適切な治療によりトリガーポイントの活動性が下がり、症状が大きく和らぐことがあります(個人差があります)
併存することはあるかはい。末梢のトリガーポイントが、中枢性感作と呼ばれる神経系の変化を後押しする可能性が指摘されていますはい。筋筋膜性の要素を治療することで、線維筋痛症の症状が和らぐ場合があると報告されています

併存することも珍しくありません

末梢のトリガーポイントは、中枢性感作と呼ばれる神経系の変化を後押しする可能性が指摘されています。線維筋痛症の患者さんのなかには、筋筋膜性の要素を治療することで全体の症状が楽になる方もいらっしゃいます。

筋筋膜性疼痛は和らげられる場合が多い

長期的な管理を要する線維筋痛症と異なり、筋筋膜性のトリガーポイントは、ドライニードリング・徒手療法・運動療法などのアプローチによって活動性が下がり、症状が和らぐ場合が多いと報告されています。

正しい見立てが治療を変える

両者を見分けることが大切です。線維筋痛症では神経系に作用する薬剤が中心となり、トリガーポイントでは局所的な身体的アプローチが主役となるなど、治療の組み立て方が大きく異なるためです。

相談できる専門家を見つける

痛みを専門とする医師は、複雑な疼痛疾患を見極める訓練を受けています。一般的な検査の繰り返しから一歩進めて、専門的な評価ができる先生に相談されることをお勧めします。

Physical Examination Technique for Trigger Points

Physical Examination Technique for Trigger Points

リハビリテーション科

筋骨格系の評価と非手術的治療に専門的な研修を受けた診療科です。MPSの評価、複数のアプローチを組み合わせた治療計画の調整、トリガーポイント注射などに対応している施設があります。受診の際はかかりつけ医からの紹介状をお持ちいただくとスムーズです。

ペインクリニック

慢性の痛みを専門に扱う診療科で、MPSを含む複雑な痛みの診療に対応しています。施設によっては紹介状なしでも受診できる場合があります。日本ペインクリニック学会の専門医情報も参考になります。

整形外科

筋骨格系の評価に強みがあり、関節や骨の疾患との鑑別の手がかりを得るために最初の窓口として受診されることが多い診療科です。

リウマチ科

全身性の痛みに精通した診療科で、自己免疫疾患などの除外と、筋膜性の要素の評価に役立つ場合があります。

神経内科

筋膜性の関連痛と、神経の圧迫や神経障害性疼痛との鑑別の手がかりを得たい場合に相談先となります。

専門医によるトリガーポイントの評価方法

画像検査だけに頼るのではなく、丁寧な問診と身体診察が手がかりの中心となります。

1

以下の所見を組み合わせて評価します(各所見の信頼性には限界があると報告されています)

2

筋肉の索状硬結のなかに局所的な圧痛が触れられるか

3

過敏な結節(トリガーポイント)が触診で確認できるか

4

そのポイントを押すことで、患者さんが普段感じている痛みのパターンが再現されるか

5

目に見える、または触れて感じる「局所単収縮反応(LTR)」がみられるか

6

関与する筋の可動域が制限されていないか

7

特定の筋肉の使用やストレスによって症状が悪化していないか

Palpation Guide

Palpation Guide

Identifying Taut Bands
1

問診(病歴の聴取)

発症の経過、痛みの分布、悪化させる要因や和らげる要因など、丁寧に経緯をうかがいます
2

身体診察

索状硬結、トリガーポイント、ジャンプサインを手がかりに筋肉を系統的に触診していきます
3

機能評価

可動域・姿勢・動作パターンを観察し、痛みとの関連を確認します
4

鑑別診断

線維筋痛症、神経根症、関節疾患など、他の病態との見分けを進めます
5

診断の確認

特徴的な関連痛パターンを伴う筋筋膜性のトリガーポイントが手がかりとなる場合に、MPSと判断されます

回復への道のり:複合的なアプローチ

筋筋膜性疼痛の治療は、短期間で完結するものではありません。非薬物療法と薬物療法を組み合わせ、段階的に取り組んでいくことが大切です。

第1段階

痛みの管理(安定化)

まずは神経系を落ち着かせ、痛みを管理できる状態に整えることで、リハビリテーションに取り組みやすい土台をつくります。

的を絞ったアプローチ

痛みの悪循環を和らげる目的で、専門医によるトリガーポイント注射、ドライニードリング、必要に応じた薬物療法が選択されることがあります。

お薬についてのご案内

筋緊張を和らげるお薬や神経系に作用するお薬が用いられることがあります。一方で筋筋膜性疼痛にはオピオイドは避けるべきとされています。一般に有効性が示されておらず、根本的な筋組織の問題には対処せず、依存リスクが高いためです。

第2段階

リハビリテーションと継続的な治療

強い痛みが落ち着いてきたら、ここからが本格的な回復の時期です。継続して取り組んでいくことが鍵となります。

理学療法と運動

筋肉の状態を整えるには、時間をかけた積み重ねが欠かせません。索状硬結のストレッチ、姿勢の見直し、筋力の回復をていねいに進めることで、トリガーポイントの再発予防にもつながります。

焦らず、ご自身のペースで

長く続いた筋肉の変化が整っていくには、ある程度の時間がかかります。処方された運動を無理のない範囲で続けていくことが、長期的な回復につながりやすいとされています。

ご自身の痛みの声を大切に

筋筋膜性疼痛が疑われる場合は、トリガーポイントの治療に詳しい医療機関に相談されてみてください。その痛みは確かに存在します。適切な評価と治療によって、楽になっていく可能性があります。

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